ミニコミ「葬」が、書籍『葬式プランナーまどかのお弔いファイル』になるまで その2

「文フリ」から「文春」へ。文学フリマで売っていたミニコミが、文藝春秋で書籍になるまでの道、続きです。

 

企画が通り、担当編集者が決まり、内容の話し合いを始めたのが2010年の暮れ。最初の担当、男性のWさんは、著者奥山さんの出身、山形の料理を出す店を探してきてくれたり、和やかな打合せが続きました。

小説仕立てで葬儀の色々を説明する、という全体の構成は決めていたものの、当初は主人公はひとり、一話だけのストーリーの予定でした。テーマも、葬儀屋に頼まなくても葬式はできる、というポイントにしぼり、「だいたい自力でやる葬儀」というのが最初の仮タイトル。しばらく「ほぼ葬」と呼んでましたね。

しかしそれでは色々な葬儀が描けない、男性編と女性編にしたらどうか、葬儀をアドバイスする女の子をメインにしようか、等々かなり試行錯誤して、短編+解説、まどかが全編に関わる、という方向性になっていきました。

まどかは、今では葬儀社から公務員に転職、趣味で葬儀サイトをやっていますが、最初はなんというか...なかなかハジけたキャラでした。読み返すと、今の 作品の二次小説みたいになっているような。葬儀に対してトラウマがあり、それをどう克服するか、かなり時間を割いて考えていましたね。「まどかの悩み克服 プロジェクト」という資料まで作っていました。

 

そんなこんなで、何度も練り直してもらいながら、まどかも成長して、小説部分がまとまり始めたのが、2011年の年明けあたり。この時点で本の形態が、新 書になるか単行本威なるか、まだ未定でした。本の性格をはっきりさせるために、著者の顔写真と、プロローグをしっかり作ろう、ということで、これも何パ ターンも撮り、何度も書き直してもらい、しかしWさんはプロローグにどうしても納得いかず、1回奥山さんと話し合います、3月8日に九段会館で、と連絡を もらいました。

その3日後が、東日本大震災です。九段会館で犠牲者が出たことを知って驚愕し、しかしその後の被害の甚大さに、呆然としたのは言うまでもないことです。地震後一番最初に来たメールがWさんで、感激するとともに、編集者魂を感じました。

 

しかし今から思えばこの日はまだ、全貌がつかめていなかったのでしょう、普通に仕事のやりとりをしていました。奥山さんからも書き直したプロローグが夜に届き、とてもいい仕上がりになっていて、ようやく刊行の目処が立つかな、とほっとした気がします。

 

が、もちろん世の中は出版どころではなく、Wさんは週刊文春へ異動、あらゆる刊行物が延期になり、「ほぼ葬」も必然的に宙に浮いた形になりました。

しかも、膨大な犠牲者、葬儀どころか埋葬もままならない状況にある中、葬儀についての本を出してもいいのか。内容はこのままでいいのか。空白の期間は、企画自体の再考の時間でもありました。つづく。